コストや副生物を抑えられる魅力的な臭素化剤、1,3-ジブロモ-5,5-ジメチルヒダントイン(DBDMH)とは:N-ブロモ化合物⑧:臭素化・ヨウ素化反応解説シリーズ 8
前回までは、代表的なN-ブロモ化合物であるN-ブロモスクシンイミド(NBS)の概要や反応性を解説してきました。NBSは臭素化剤の第一選択として知られており、幅広い臭素化反応に活用されています。
このように知名度の高いNBSですが、実は、NBSと似た反応性を示しつつ、NBSよりも臭素化コストや副生物の量を抑えられる別の臭素化剤があるのです。その名は、「1,3-ジブロモ-5,5-ジメチルヒダントイン(DBDMH)」。
ここまでの内容を読んで、「DBDMHの特徴や注意点をぜひ知りたい!」「普段の臭素化反応ではNBSを使用しているけれど、DBDMHも一度使ってみたい!」と思われた方も多いのではないでしょうか。
本記事では、DBDMHの特徴や取り扱い時の注意点、DBDMHを使用した臭素化反応の概要などをご紹介します。DBDMHを効果的かつ安全に活用するため、ぜひ本記事の内容を参考にしてください。
■ この記事でわかること ✔ DBDMHは、NBSと同様の反応性を持つN-ブロモ化合物であり、臭素化反応に利用される ✔ DBDMHは、食品添加物「次亜臭素酸水」の原料として使用され、米国では食肉や食鳥肉の殺菌に用いられている ✔ DBDMHは、分子内に2つの臭素を有し、NBSに比べて1臭素化あたりのコストが低く、副生物も少ないという利点がある ■ おすすめ記事 ・ ベンジル位の臭素化、芳香環の臭素化:DBDMHを用いた臭素化反応:N-ブロモ化合物⑨:臭素化・ヨウ素化反応解説シリーズ 9 ・ プロパルギルアルコールからブロモアレンの合成、芳香環のオルト選択的な臭素化:NBSを用いた臭素化反応⑤:N-ブロモ化合物⑦:臭素化・ヨウ素化反応解説シリーズ 7 ・ 選択性の高い穏やかな臭素化剤、N-ブロモ化合物とは:N-ブロモ化合物①:臭素化・ヨウ素化反応解説シリーズ 1
contents
1,3-ジブロモ-5,5-ジメチルヒダントイン(DBDMH)とは
分子内に2つの臭素を有する臭素化剤
DBDMHは弱い特異臭をもつ微黄~赤黄色の結晶性粉末で、融点は197~199℃(分解)。エタノールやクロロホルムに可溶で、アセトン、ジオキサン、THF、熱水、沸騰した四塩化炭素には微溶、ヘキサンには難溶の化合物です。ジブロマンチンとも呼ばれます。分子内に2つの臭素を有する点が特徴です。
DBDMHは粉末状で、臭素(液体)と比べて取り扱いが容易なため、有機合成用の臭素化剤として有用です。乾いた冷暗所で長期的に保存でき、値段も比較的安価です。氷冷したNaOH水溶液中で5,5-ジメチルヒダントインに臭素を作用させることで、研究室でも容易に調製できます2)。
DBDMHは、食品添加物に指定されている「次亜臭素酸水」の原料でもあり、米国では食肉や食鳥肉などの表面を殺菌、洗浄するために使用されています3)。
工業用の試薬は、純度98~99%の国産品をマナックから購入できます。
DBDMHを取り扱う際の注意点
DBDMHは、通常の条件下では安全に扱える化合物です。しかし弱い酸化作用をもつため、還元剤との接触や可燃物との混合により発火または爆発する場合があります。また、皮膚や粘膜を強く刺激し、眼に入ると失明する危険性もあります。
急性毒性は、LD50 250mg/kg(ラット/経口)、LDLo 20g/kg(ウサギ/皮膚)、LCLo 29g/m3(ラット/1h)です。
DBDMHを使用した臭素化反応
どのような臭素化反応に使用されるか
DBDMHの反応性は、代表的なN-ブロモ化合物であるNBSとほぼ同じです。DBDMHは、例えば以下の臭素化反応に用いられます。
▽ベンジル位の臭素化
▽芳香環の臭素化
DBDMHを用いて臭素化反応を行う際のポイント
①溶媒の選択
還流下で加熱する必要がある場合は、溶媒として四塩化炭素がよく用いられます。反応性の高い基質を臭素化する反応では、ジクロロメタンも利用可能です。さまざまな溶媒の安全性や反応性を広く検討した研究も存在します4)。
②反応速度の制御
反応の進行が遅い場合は、過酸化ベンゾイル(BPO)のようなラジカル発生剤を5~10%ほど添加するか、光照射すると好結果が得られます。また、加熱や酸触媒の添加も有効です4)。
【マナックこぼれ話】コストや副生物を抑えたいなら、NBSよりDBDMH!
一般的には、「N-ブロモ化合物といえばNBS」と考える方がほとんどだと思います。しかし、マナックでは「N-ブロモ化合物といえばDBDMH」です。DBDMHを自社で製造していることも理由の1つですが、本記事の冒頭で述べたように
・分子内に2つの臭素を有するため、NBSと比較して1臭素化あたりのコストが安くすむこと
・副生するイミドの量が抑えられること
も大きな理由です。通常の臭素化反応であれば、DBDMHとNBSは同じような使い方ができますので、DBDMHを使った経験がない方もぜひ一度使ってみてください(こちらの記事では、DBDMHを提案して顧客の製造コスト削減に成功した事例を紹介しています)。
マナックは、代表的なN-ブロモ化合物であるNBSおよびDBDMHを製造・販売しています。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。
参考文献
1) 鈴木仁美 監修、マナック(株)研究所 著、「臭素およびヨウ素化合物の有機合成 試薬と合成法」、丸善出版
2) Orazi, O. O., Orio, O. A. Anales Asoc. Quim. Argentina, 1953, 41, 153; Chem. Abstr., 1954, 48, 13634c.
3) 厚生労働省、「次亜臭素酸水の食品添加物の指定に関する部会報告書(案)」、https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000111389.pdf
4) 山川一義, 安全工学, 2004, 43, 191 . https://www.jstage.jst.go.jp/article/safety/43/3/43_191/_pdf/-char/ja