ヨードシルおよびイミノヨード化合物:超原子価有機ヨウ素化合物④:臭素化・ヨウ素化反応解説シリーズ 32
前回に引き続き、「超原子価有機ヨウ素化合物」を解説します。
酸化剤や脱水素剤などとして活躍する超原子価有機ヨウ素化合物。有害元素の代替試薬としても使えるため、グリーンケミストリー研究を行いたい研究者にとっては非常に重要な化合物だと言えるでしょう。
今回は、超原子価有機化合物の一種「ヨードシル化合物」と「イミノヨード化合物」を解説します。最新の研究論文も紹介しますので、ぜひ最後までご覧ください。
contents
超原子価有機ヨウ素化合物とは
超原子価状態をとるヨウ素を含む有機化合物
「超原子価有機ヨウ素化合物」は、名前のとおり「超原子価」を持つ「有機ヨウ素化合物」です。
「超原子価」とは、ある原子の原子核から最も遠く離れた電子殻(ほかの原子との結合に関係する部分)が形式的に8つ以上の電子を持つことで、ほかの原子との間により多くの結合が形成できるようになった状態を指します。例えばヨウ素原子は、超原子価状態になると、下図のように複数の原子と結合できるようになります(下図左側のヨウ素原子は三価、右側のヨウ素原子は五価の状態)。このような超原子価状態をとるヨウ素を含む有機化合物が、「超原子価有機ヨウ素化合物」なのです。
超原子価有機ヨウ素化合物の紹介:ヨードシル化合物
代表的なヨードシル化合物、ヨードシルベンゼン
ヨードシル化合物は、ヨードシル基-IOを持つ化合物です。今回は、代表的なヨードシル化合物であるヨードシルベンゼン(下図)を主に解説します。
ヨードシルベンゼン(ヨードソベンゼンとも呼ばれる)は無定形の白色粉末です。加熱するとmp210℃近くで爆発的に分解しますが、冷暗所なら長期間安定に保存できます。
(ジクロロヨード)ベンゼンや(ジアセトキシヨード)ベンゼンをアルカリ条件下で加水分解すると容易に得られ、古くから穏やかな酸化剤やアリール化剤として利用されてきました。また、超原子価有機ヨウ素化合物の合成原料としても重要なため、比較的安価に市販されています。
現時点で、ヨードシルベンゼン以外にも多くのヨードシルアレーンが合成されています。合成例は以下のとおりです。
ヨードシルベンゼンは高次の会合構造をとる
ヨードシルベンゼンは、芳香環とヨードシル基の相互作用により、下図のような高次の会合構造(C6H5I=O)nをとります。
このような構造のため一般の有機溶媒には難溶または不溶ですが、オルト位にスルホン酸基を導入すると水やメタノールに可溶となり、強力な酸化作用を示すようになります。また、低級のアルコール中では溶媒和されて、(ジアルコキシヨード)ベンゼンとして存在します。ヨードシルベンゼンを利用したスルフィドの酸化反応やエポキシ基の合成などに用いる反応溶媒としては、メタノールやアセトニトリルがよく使われます。
ヨードシル化合物の反応
ヨードシルベンゼンをはじめとするヨードシル化合物は、塩基として働き、プロトン酸やLewis酸を容易に付加してヨウ素(III)塩に変わります(式1)。
C6H5I=O + SO3 → C6H5I+OSO3– (式1)
また、ヨードシルベンゼンは熱水中でヨードベンゼンとヨージルベンゼンに不均化します(式2)。
2 C6H5I=O → C6H5I + C6H5IO2 (式2)
ヨードシル化合物は、ヨウ素化合物の合成にも利用されています。以下に、2-ヨードシル安息香酸を用いたヨウ素化合物の合成例を示します。
超原子価有機ヨウ素化合物の紹介:イミノヨード化合物
イミノヨード化合物は、ヨードシル化合物の類縁体
塩基の存在下で(ジアシルオキシヨード)アレーンにトシルアミドを作用させると、ヨードシルアレーンのニトレン類縁体に相当する(N-トシルイミノヨード)アレーンが安定な黄色結晶として得られます5)(式3)。このような非環状のイミノヨード化合物は分子間I…OおよびI…N相互作用により高次の会合構造をとるため、一般の有機溶媒にはあまり溶けません。
ArI(OCOR)2 + 4-CH3C6H4SO2NH2 → ArI=NSO2C6H4CH3-4 (式3)
一方で、下図のような環状イミノヨード化合物は有機溶媒によく溶け、ホスフィンやスルフィドを容易にイミノ化して、対応するヘテロ元素イミンを高収率で与えます6)。この環状イミノヨード化合物は、オルト位にかさ高い置換基を持つジアシルオキシヨードアレーンにトシルアミドを作用させると合成できます。
その他のイミノヨード化合物の合成例
(ジフルオロヨード)アレーンをN,N-ビス(トリフルオロメチル)ベンゼンスルホンアミドと反応させると、対応するイミノヨードアレーンが比較的安定な白色固体として得られます(式4)。この化合物にホスフィンを作用させるとヨードイミノホスホランが発生し、これを加水分解するとヨードシルベンゼンが得られます。
ArIF2 + C6H5SO2N(CF3)2 → ArI=NSO2C6H5 (式4)
(テトラフルオロヨード)ベンゼンをN,N-ビスシリルスルホンアミドと反応させた場合は、ビス(イミノヨード)アレーンが得られます(式5)。ビス(イミノヨード)アレーンは光に不安定な白色~微黄色の結晶性粉末で、一般の有機溶媒には難溶です。また、湿気で加水分解されてヨージルアレーンを定量的に与えます。
ArIF4 + 2C6H5SO2N[Si(CH3)3]2 → ArI[=NSO2C6H5]2 (式5)
【論文紹介】7配位ルテニウムヨードシルベンゼン錯体の構造と反応性
今回のコラムでは、ヨードシルベンゼンに関する2023年の研究論文7)を紹介します。
本論文のタイトルは、「Structure and Reactivity of a Seven-Coordinate Ruthenium Iodosylbenzene Complex」。下図に示す7配位ルテニウム-ヨードシルベンゼン錯体の構造と反応性を調査したものです。
(出典:論文ページ)
近年、金属イオンにヨードシルアレーンなどが配位した錯体が活性酸化剤として注目されています。そこで本論文では上図の錯体を合成し、X線構造解析により各原子間の結合距離などを調査しました。その結果、この錯体は歪んだ五方両錐形の構造を持つことが判明。さらに、反応性が非常に高く、さまざまな有機物質との間で容易に酸素原子転移反応(O-atom transfer, OAT)やC-H結合活性化反応を起こすことも明らかになりました。
著者らは本論文のアブストラクト内で、「今回の成果は、7配位構造の高活性酸化剤を開発する上で必要な洞察を与えるものである」と述べています。
さまざまな形の反応試薬として活躍する、ヨードシルベンゼン。有機化学反応における重要な化合物として、今後も多くの研究者を手助けすることでしょう。
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chemia@manac-inc.co.jp
参考文献
1) 鈴木仁美 監修、マナック(株)研究所 著、「臭素およびヨウ素化合物の有機合成 試薬と合成法」、丸善出版
2) Hossain, Md. D., Kitamura, T. Bull. Chem. Soc. Jpn., 2007, 80, 2213.
3) Koposov, A. Y., Karimov, R. R. et al. J. Org. Chem., 2006, 71, 9912.
4) Pan, Z., Liu, X. et al. Synthesis, 2005, 437.
5) Yamada, Y., Yamamoto, T. et al. Chem. Lett., 1975, 361.
6) Macikenas, D., Skrzypczak-Jankun, E. et al. J. Am. Chem. Soc., 1999, 121, 7164.
7) Pan, Y., Zhou, M. et al. Inorg. Chem. 2023, 62, 7772.