宇宙帆船イカロスの帆は特殊ポリイミド樹脂製!/「1年半でわずか2kg」生産秘話
帆船が宇宙を飛ぶ。まるでSFのようですが、すでに実現しているリアルストーリーなのです。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2010年5月に打ち上げたイカロスは、太陽光をエネルギーに変えて進む「宇宙帆船」と呼ばれ、注目を集めました。このプロジェクトには、さまざまな人たちが関わっています。縁の下の力持ちとして開発を支えたひとりである川西教之さんが11年前の舞台裏を明かしてくれました。
イカロスの特徴は、太陽光を受けとめる14メートル四方の巨大な帆にあります。ここに貼り付けられた薄い太陽電池が動力源です。耐熱性に優れたスーパーエンジニアリングプラスチック(エンプラ)「ポリイミド」製の樹脂フィルムが、こうした構造(14メートル四方の巨大な帆)を可能にしました。イカロスで使うポリイミドの素材開発で力を発揮したのが、マナックで働く川西さんたちのチームでした。
ポリイミド樹脂。一般には、あまり耳にしない名前ですね。
半導体関係で多く使われ、身近なところでは、スマートフォンには欠かせない存在です。電子部品の基板をつなげる役割を果たしています。マナックではこのポリイミド樹脂をつくるのに欠かせない主要原料を製造しています。
■ この記事でわかること ✔ ポリイミド樹脂は耐熱性が高く宇宙で利用可能 ✔ マナックは高純度の素材をJAXAに提供した ✔ スーパーエンプラは多様な用途に広がりつつある ■ おすすめ記事 ・ 宇宙帆船イカロスに使われたポリイミドモノマー「a-ODPA」とは?/特殊な熱融着を可能にした秘密
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ポリイミド樹脂、なぜ宇宙に
それが、なぜ宇宙で使われることになったのですか。
ポリイミド樹脂は、熱にとても強く、種類によっては500度くらいまでは耐えられます。しかも化学薬品をかけても壊れず、きわめて丈夫な分子構造をもっています。「宇宙帆船(イカロス)に使用するポリイミドの材料として使いたい」とJAXAに頼まれました。
具体的には、どんな作業をしたのですか。
帆が大きいので、ふだん電子部品などで使っているポリイミドフィルムのサイズでは到底、対応できません。複数のポリイミドフイルムをくっつけて、より大きなポリイミドフィルムをつくり、イカロスの帆とする必要がありました。私たちは、その接着剤に使うポリイミドの主要な原料の提供依頼を引き受けました。
壊しながら強さを維持する難しさ
複雑ですね。
はい。先ほども言いましたが、ポリイミド樹脂は、ものすごく頑丈な素材なので、簡単には壊れません。その分子構造をわざと崩して300度以下で溶けるようにして、接着の役割を果たせるような新素材をつくる、その主要な原料を私たちが提供するという作業でした。
かなり難しかったのではないですか。
マニュアルはなく、JAXAが要求する物性がなかなか出なくてトライアンドエラーの繰り返しで、完成まで1年半かかりました。
ハードルを越えた先に「最適解」
突破口は何だったのですか。
とにかく製品の純度の向上に努めたことですね。不純物を徹底して取り除きました。異物ゼロの状態を純度100%とすると、他の用途で使うのであれば、99.7%くらいでも問題ないのですが、99.9%までもっていきました。異物は0.1%のみ。でも、純度を高めれば高めるほど、とりだせる製品の量は少なくなります。溶かしては固めるという再結晶の作業を何度も繰り返し、純度の高い製品を少しずつ増やしていきました。納品したのは、わずか2㎏でした。
高純度の製品を納品したら、喜んでもらえたのではないですか。
それが……もうひとやまハードルがありまして(笑)。実際にJAXAで加工してみると、「思い描いていたような性能にならない」と言われて。納期が迫っているので焦りました。純度だけではない何かがその要因だったようなのですが。JAXA側でもかなり努力をして何とか間に合わせたというところです。
スーパーエンプラの可能性
スーパーエンプラとも呼ばれるポリイミド樹脂の使い先は、年々少しずつ増えています。電子部品のほか、フィルムやコーティング剤、耐熱塗料などさまざまで、車や電車の部品にも使われています。人工的に細胞を培養する過程で使うケースもあり、工夫とアイデア次第で、さらに用途は広がりそうです。