
宇宙帆船イカロスに使われたポリイミドモノマー「a-ODPA」とは?/特殊な熱融着を可能にした秘密

【CAS No.】50662-95-8
【化学名】3,4′-オキシジフタル酸無水物
【化学式】C16H6O7
風を受けて海を進む帆船のように、帆で太陽光を受けて宇宙空間を進む。夢のような話ですが、このような「宇宙帆船」はすでに実現しています。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2010年5月に打ち上げた宇宙帆船「イカロス」はそのひとつです。
実は、イカロスの帆にはマナックが開発した「オキシジフタル酸無水物(ODPA)」と呼ばれる化合物が使われています。宇宙を進む船に使われる化合物とは、一体どのようなものなのでしょうか?その秘密に迫ってみましょう。
■ この記事でわかること ✔ イカロスの帆には耐熱性のポリイミドが使用されている ✔ a-ODPAは低温で柔らかくなり、熱融着が可能 ✔ 熱融着により接着剤が不要で、帆の軽量化が実現した ■ おすすめ記事 ・ 宇宙帆船イカロスの帆は特殊ポリイミド樹脂製!/「1年半でわずか2kg」生産秘話
contents
ポリイミドはイカロス実現の立役者
イカロスは、14メートル四方の巨大な帆をもつ「小型ソーラー電力セイル実証機」です。太陽光を帆で反射したり、帆に設置した太陽電池から得られるエネルギーを使ったりして宇宙空間を進みます。
イカロスのような宇宙帆船のアイデアは100年ほど前から存在しましたが、厳しい宇宙環境に耐えられるような帆をつくる技術はありませんでした。この状況を打ち破ったのが、「ポリイミド」と呼ばれる化合物です。
ポリイミドは1965年に初めて工業化された樹脂であり、宇宙帆船の帆として使うのに十分な強度や耐熱性をもっていました。ポリイミドという優れた素材の存在が、イカロスの実現につながったのです。
熱を加えると溶ける特殊なポリイミド
ポリエチレンやポリイミドなどの樹脂は、「モノマー」と呼ばれる小さな化合物が長くつながった構造をしています。
ポリイミド樹脂の場合、以下のように「テトラカルボン酸二無水物」と「ジアミン」と呼ばれる2つのモノマーを交互に結合させてつくられます。テトラカルボン酸二無水物とジアミンにはさまざまな種類があり、使用するモノマーに応じて最終的なポリイミドの構造も変化します(下の反応式は一例です)。

イカロスには2種類のポリイミドが使われています。400℃程度の熱を加えても柔らかくならない通常のポリイミドと、266℃程度の熱を加えると柔らかくなる特殊なポリイミドです。
イカロスの帆は、複数のポリイミドシートを貼り合わせてつくられています。熱で柔らかくなるポリイミドを使えば、接着剤を使わなくても熱を加えるだけでシート同士を接着(熱融着)できるので、帆の軽量化につながります。そのためイカロスでは、通常のポリイミドに加えて熱融着できるポリイミドを使用しているのです。

熱融着可能なポリイミドをつくるためのモノマー、a-ODPA
今回マナックが製造したのは、熱融着できる特殊なポリイミドをつくるためのモノマー「a-ODPA」です。
マナックではODPA-Cと呼ばれるポリイミド用モノマーを製造・販売していますが、イカロスで使ったa-ODPAはこのODPA-Cが少し折れ曲がったような構造をしています。

ODPA-Cを使ってつくったポリイミドは280℃程度で柔らかくなるのに対し、a-ODPAを使ってつくったポリイミドは266℃程度で柔らかくなります。より低温で柔らかくなるa-ODPAを使ったポリイミドの方が、熱融着しやすいのです。
a-ODPAを用いたポリイミドはなぜ熱融着できるのか
a-ODPAを使ったポリイミドは、なぜ比較的低い温度で柔らかくなるのでしょうか。これには、a-ODPAの「折れ曲がり」が大きく関係しています。
ポリイミドのような樹脂は、モノマーが長くつながった鎖がいくつも集まってできています。鎖の間にはお互いに引き合う力(分子間力)が働いており、鎖同士が接する表面積が大きいほど分子間力も大きくなります。このため、まっすぐな鎖同士は接し合う表面積が大きくなって大きな分子間力が働きます。一方、折れ曲がっている鎖同士は触れ合う面積が小さくなるので小さな分子間力しか働かないのです。

樹脂は通常、ある程度の熱を加えると鎖同士が離れて動き始めます。これが、樹脂が「柔らかくなる」状態です。分子間力が小さな樹脂は、分子間力が大きな樹脂よりも鎖同士がバラバラになりやすいため、より低い温度で樹脂を柔らかくできます。
マナックが開発したa-ODPAは折れ曲がった構造をしているため、a-ODPAでつくったポリイミドの鎖も同じように折れ曲がります。その結果、鎖間の分子間力が小さくなり、従来のポリイミドよりも低い266℃程度の温度で柔らかくなるのです。
ポリイミドには大きな可能性がある
ポリイミド樹脂は他の樹脂と比べて新しく工業化された化合物で、強度や耐熱性が飛び抜けて優れている材料です。特に熱融着可能なポリイミドに関してはまだ市場がなく、アイデア次第で今後さまざまな用途に使えると考えられています。